(1)イスラーム関連文献の精読と分析により、クルアーンという啓示の根底には「神のある因果応報」があることがわかった(神による因果応報と区別)。ちなみに近代科学とは、見て測り、測定値の間の関係性を頼りに、自然社会現象の総体を解釈する方法であるが、見えないものは測れない、測れないものは科学の対象にはならないため、見えない神を排除する思想的基礎を持つ。
(2)啓示は人間の五感や知性を駆使してもわからないけれど、人生の重要事項について、明確な知識を提供してくれることがわかった。例えば、来世(死後)の状況と神の特性(役割)、善悪・社会規範(食物規定・婚姻・取引・遺産相続など)の基準などが挙げられる(そして人間が善悪を「獲得」する)。
(3)預言者ムハンマドに対する啓示の方法には5つあり、1)鐘の音や蜂の羽音として、2)ジブリールが人間の姿になって、3)ジブリールが天使の姿で、4)アッラーとの直接会話を通じて、5)直接ムハンマドの心に吹き込まれて、クルアーンが啓示されたことがわかった。
(4)啓示の時系列としては、1回目の啓示が「護持された書板(アル・ラウフ・アル・マフフーズ)」から、天使たちの「権勢の館(アル・バイト・アル・イッザ)」であり、2回目の啓示は「偉力の館」から預言者ムハンマドに23年間かけて緩やかに啓示されたことがわかった。
(5)最初に啓示された節は第96章1-5節で、最初に啓示された章は第1章であることがわかった。
(6)マッカ啓示とマディーナ啓示があることがわかった。前半の約13年間はマッカで、後半の約10年間はマディーナで啓示された。厳密には両方が混じり合っているものもある。マッカ啓示でも、マッカ以外の地で啓示されたもの、マディーナ啓示であってもマディーナの地以外で啓示されたものがあることがわかった。マッカ啓示は短く、アーダムとイブリースの話(2章例外)や「人びとよ」の呼びかけで始まるものが多く、神の唯一性、審判の日、来世、預言者性、多神教徒などを扱い、他方マディーナ啓示は長く、「信仰する人たちよ」の呼びかけで始まるものが多く、社会法制度、戦闘、啓典の民、偽信者などを多く扱っていることがわかった。
(7)クルアーンは異教徒の質問や社会状況などに合わせて、段階的に啓示されたことがわかった。
(8)啓示された背景及び理由を理解することは、クルアーンの理解に不可欠であることがわかった。例えば、2章221節(多神教徒との婚姻禁止)、4章3節(一夫多妻)、9章118節(タブーク遠征に出陣せず赦しが保留された3人)などが多く挙げられる。
(9)クルアーンの保存プロセスとして、1)預言者時代:暗記+羊皮紙、動物の骨、石版、ナツメヤシの枝などに記録、2)アブー・バクル時代:ザイド・イブン・サービットにクルアーンの編纂を命じ、「ウンム」(各章ごとのフォリオ)が完成、3)ウスマーン時代:「ウンム」を底本とする7つの写本「ムスハフ・ウスマーニ(ウスマーン版ムスハフ)」(章節の順番は預言者の命じた通り)が作成されたことがわかった。
(10)天使ジブリールとムハンマドとの最後の「読み合わせ」の結果、クルアーンは暗記者の記憶とその後ウスマーン版ムスハフ(書物としてのクルアーン)として保存されたが(19章97節:あなたの舌=クライシュ族の言葉、75章17-18節:われら(アッラー)がそれを読んだとき、その読誦に従いなさい)、ウスマーン版には発音記号がなく、複数の方法で読解・音読される余地が残されたことがわかった。
(11)現在イスラーム世界で最も流布している読誦はアースィム読誦法(伝承者ハフス経由)である。クルアーンのある読誦法が正統となる条件には、1)ウスマーン版ムスハフに、そのように読誦できる余地があること、2)アラビア語の文法に即していること、3)読誦法の伝承経路が預言者まで遡ることができること、があることがわかった。
(12)クルアーンの複数の正統な読誦法は、1)信者への軽減措置、2)模倣不可能性の明示、3)単独の節における複数の法規定(例:5章6節)、4)複数の読誦による単独の法規定(例:2章222節)などの意義を持つことがわかった。